時計との関係は、どこから始まるのか

時計修理の仕事をしていると、時計だけでなく、その時計を大切にされている方とお話しする機会があります。
修理やオーバーホールで時計をお預かりする際の、ほんの短い会話。
「最近、少し時間がずれるようになって……」
「この時計、もう何年も使っているんです」
「実は初めて買った高級時計でして」
そんな何気ないお話を伺っていると、その方と時計との関係が少しだけ見えてくることがあります。
時計との付き合い方は、人によって本当にさまざまです。
今回は、そんな日々のやり取りの中で、私たちが感じていることを少しお話ししてみたいと思います。
はじめての一本。分からないことがあっても、それは自然なこと


初めて高級時計を手にされた方から、いろいろなご質問をいただくことがあります。
「このボタンは押しても大丈夫ですか?」
「これはどうやって使うものですか?」
「毎日つけたほうがいいんでしょうか?」
時計には、普段使っている時計にはない機能がついていることもあります。
クロノグラフのプッシュボタンや、複数の小さなダイヤル。
機械式時計であれば、ゼンマイやローターなど、普段は目にすることのない仕組みもあります。
最初からすべてを理解して使うのは、なかなか難しいものです。
私たち自身も、時計に関わる仕事をしていますが、新しい時計や機構に出会うたびに「こんな仕組みになっているのか」と思うことがあります。
ですから、分からないことがあるのは決して特別なことではありません。
「この時計が好きだな」と思って手に入れて、そこから少しずつ使い方や仕組みを知っていく。
そんな時計との出会い方も、とても自然なものなのだと思います。
オートマチックとクォーツ。仕組みを知ると、また少し面白くなる

修理のご相談で時々こんなお話があります。
「最近、時間がずれるようになってきたので、電池交換をお願いしたい」
クォーツ時計を普段お使いの方であれば、時計が不調になったときに「電池かな?」と思われるのは自然なことだと思います。
一方、オートマチック、いわゆる自動巻きの機械式時計には、電池が使われていません。
腕の動きによって内部のローターが回転し、その力を利用してゼンマイを巻き上げることで時計が動いています。
そのため、時間の進み方や遅れ方に変化が出てきた場合には、電池交換ではなく、ムーブメントの状態を確認する必要があります。
長く使っている時計の場合は、オーバーホールなどのメンテナンスが必要になっていることもあります。
こうした仕組みをご説明すると、「そういうことだったんですね」
と、納得された様子を見せてくださることがあります。
私たちにとっては日頃から触れていることでも、時計を使う方にとっては知らないことがあって当然です。
そして、仕組みを知ったことで、今まで使っていた時計が少し身近に感じられるようになることもあるのではないでしょうか。
時計を何本か持つようになると、また違った楽しみ方が生まれる

一方で、何本かの時計を長く所有されている方は、時計を預けるときの様子も少し違います。
「そろそろオーバーホールをお願いします」
と、シンプルにお話しされることもあります。
時計を預けることにも慣れていて、メンテナンスのタイミングや、時計ごとの特徴をよくご存じの方もいらっしゃいます。
ムーブメントの話や、以前行った修理の話など、私たちのほうが教えていただくことも少なくありません。
「この時計は以前こんな修理をしたんですよ」
「このモデルはこういうところが気に入っていて」
そんなお話を伺っていると、長い時間をかけて時計との関係を築いてこられたことが伝わってきます。
また、修理やメンテナンスについて、ご自身なりの希望を持っていらっしゃる方もいます。
「できるだけオリジナルの状態を残したい」
「傷も含めて、このまま使っていきたい」
「できるだけきれいな状態に戻したい」
その考え方も、人によってさまざまです。
私たちは修理をする立場ではありますが、時計をどう楽しみ、どう残していくかについては、その方ご自身の気持ちが一番大切なのだと思っています。
時計の知識と、時計への思いは、別のものなのかもしれません
はじめて一本の時計を手にされた方と、何本も時計をお持ちの方。

どちらがより時計を好きなのか、ということは、私たちには簡単には決められません。
長く時計を所有されている方は、もちろん豊富な知識をお持ちのことが多いです。
一方で、初めて購入した一本について、
「なぜかこの時計が欲しかったんです」と話してくださる方もいます。
詳しいことはまだ分からない。
機械式時計の仕組みもよく知らない。
それでも、その時計に惹かれて手に入れた。
そういう出会いも、時計の楽しさの一つなのではないかと思います。
そして使い続けるうちに、少しずつ時計のことを知っていく。
「この時計はこういう仕組みなんだ」
「こういう使い方をするんだ」
「そろそろメンテナンスが必要なのかな」
そうやって知識が増えていくことも、時計と長く付き合っていく楽しみなのだと思います。
「最初に買った時計なんです」

修理店を長く続けていると、印象に残る場面があります。
何本もの時計をお持ちのお客様が、ある一本を見せてくださることがあります。
ケースには細かな傷があり、ブレスレットにも長年使ってきた跡がある。
今お持ちの時計の中では、決して新しいものではありません。
それでも、「これが最初に買った時計なんです」と話されるとき、
その一本を見る目が少しだけ違って見えることがあります。
購入した当時のこと。
初めて腕につけたときのこと。
その時計を着けて出かけた場所。
長い時間の中で、いろいろな思い出が重なっているのかもしれません。
「どうして今も持っているんですか?」
と伺うと、
「なんとなく、手放せなくて」
とおっしゃる方もいます。
理由をはっきり説明できなくても、大切にしたいと思える。
その「なんとなく」の中には、その時計と過ごしてきた時間が詰まっているのかもしれません。
時計を直すことは、その時間をつなぐことでもある
時計は、もちろん機械です。
内部ではたくさんの部品が動き、歯車がかみ合い、ゼンマイの力を使って時間を刻んでいます。
けれど、長く時計修理の仕事をしていると、それだけではないものを感じることがあります。
修理に持ち込まれる時計には、その時計を使ってきた方の時間も一緒に詰まっているように感じることがあるのです。
ケースについた傷も、その時計と過ごした時間の一部です。
文字盤の変化も、その時計が長い時間を過ごしてきた証の一つかもしれません。
だからこそ、私たちが時計をお預かりするときには、単に「動くようにする」ということだけではなく、
「これからも、この時計を使っていただけるようにするにはどうしたらいいか」
ということを考えながら、一つひとつの時計と向き合っています。
はじめての一本でも、何本目かの一本でも、時計との付き合い方に決まった形はありません。
分からないことがあれば、少しずつ知っていけばいい。
長く使っていく中で、メンテナンスが必要になれば、その時に相談していただければいい。
私たちも、そんなふうに時計との時間に寄り添える修理店でありたいと思っています。
もし大切な時計について、
「最近、少し時間がずれるようになった」
「オーバーホールをしたほうがいいのか分からない」
「長く使っているけれど、一度状態を見てもらいたい」
ということがありましたら、どうぞお気軽にご相談ください。
時計について詳しい方も、まだよく分からないという方も、どうぞ気にせずお持ちください。
私たちも時計を拝見しながら、一緒にその時計とのこれからを考えられたらと思っています。
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