1848年。
スイスの小さな町で、23歳の青年が工房を開きました。
これがオメガの始まりです。

当時の時計産業は、職人がひとつひとつパーツを作る時代でした。
品質はバラバラで、精度も安定しない。
青年ルイ・ブランはそこに疑問を持ち、
部品を規格化して、均一な品質で作れる仕組みを作ろうとしました。
今でいう、製造の標準化です。

そして1894年、社内でも「これは別格だ」と言われるムーブメントが完成します。
ブランはそれに、ギリシャ文字の最後の一文字をつけました。
「Ω」、オメガ。
やがてそれが、ブランド名そのものになっていきます。

 

戦場へ。命を預ける道具として。

20世紀に入り、世界は二度の大戦に揺れます。
塹壕の中で戦う兵士たちには、懐中時計より、両手が使える腕時計が必要でした。
オメガはその需要に応え、軍用時計を供給します。第二次世界大戦では、イギリス軍がオメガを正式採用。過酷な環境でも動き続ける精度と耐久性が理由でした。時計は、もはや装飾品ではなく、 命を預ける道具になっていた時代です。戦争が終わり、世界が日常を取り戻していくと、今度は別の舞台でオメガの名前が聞かれるようになります。


世界がその正確さを認めた

1932年、ロサンゼルスオリンピック。オメガは初めてオリンピックの公式計時計測を担当します。100分の1秒を争う世界最高峰の舞台で、その精度は世界中に示されました。「正確であること」は時計にとって当たり前のように思えます。ですが、その正確さを世界の舞台で何度も証明し続けることは簡単なことではありません。オメガはその積み重ねによって、「信頼できる時計」という評価を築いていったのです。

人類と一緒に月へ行った時計

オメガの歴史を語る上で欠かせないのが、1969年の月面着陸です。NASAは宇宙飛行士が使用する腕時計を選ぶため、極限環境で数々のテストを行いました。高温、低温、衝撃、振動、無重力。

その厳しい試験をクリアしたのが、オメガ スピードマスターでした。

そして1969年。人類が初めて月面に降り立ったその瞬間、宇宙飛行士の手首にはスピードマスターがありました。ただ正確な時計というだけではなく、歴史の証人となった時計。それがスピードマスターの特別な魅力なのだと思います。

 

                 Image courtesy of NASA

 

映画の中で語られた憧れ

1995年公開の映画『ゴールデンアイ』から、ジェームズ・ボンドの腕にはオメガ シーマスターが巻かれるようになりました。以来、オメガとボンドは長く特別な関係を続けています。洗練されたスタイル。知性と強さ。そんなボンドのイメージが、シーマスターにも重なっていきました。

時計は性能だけで選ばれるものではありません。どんな物語と共に語られてきたか。それもまた、その時計の魅力になるのだと思います。

 

今、オメガを選ぶ人たちへ。

こうして振り返ると、 オメガという時計は、常にその時代の「重要な場面」に居合わせてきました。

戦場で。競技場で。宇宙で。 映画の中で。

そしておそらく、あなたのお父さんやお祖父さんの手首でも。もしかすると、その理由を本人も上手く説明できないのかもしれません。でも、その”好き”の中には、月へ行った時計の記憶や、オリンピックで刻まれた時間や、映画のワンシーンへの憧れが、少しずつ重なっているのではないでしょうか。

時計は機械です。

けれど人は、その時計が歩んできた歴史や物語ごと、手首に巻いているのかもしれません。だからオメガは、今も多くの人に選ばれ続けているのだと思います。

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