止まった時計が語ること
時計が止まったまま、引き出しの奥にしまわれている。そんな一本を、
多くの人が持っています。壊れているわけではない。
時計が止まると、人はついこう考えます。「もう価値はないのではないか」と。けれど、Canal Clubの現場で見ている限り、それは少し違います。
止まっている時計ほど、たくさんの時間を抱えたまま静かに待っています。仕事が忙しくなった時期。生活が変わったタイミング。気分が腕時計から離れた数年間。それらすべてが、止まった針の裏側に折りたたまれている。時計は、動いていない時間を無駄にしません。
むしろ、人のほうが「使わなかった理由」をどこかで覚えています。だから、久しぶりにその時計を手に取ると、一瞬で思い出す。

「そういえば、この頃こんな生活だったな」と・・・・・
動いていなくても、時計は記憶を失わない。それが、モノとしての強さです。修理やメンテナンスは、魔法ではありません。新しい価値を生み出すわけでもない。ただ、再び時間を流せる状態に戻すそれだけです。
けれどその瞬間、止まっていたのは時計だけではなかったと気づく人が多い。針が動き出す音を聞いて、なぜか少し安心する。理由ははっきりしないけれど、「これでいい」と思える。止まった時計は、役目を終えた存在ではありません。まだ語られていない時間を、静かに預かっているだけ。だから人は、簡単には手放せないのです。
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